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2012.06.20.Wed 本と音楽の接続〜その3

読むことに集中せずに文意を読み取ることは難しい。
読んでいるときは文字に集中している。

 
旦那さんは本を読んでいる。
奥さんが声をかける。
旦那さんには聞こえていない。
再び奥さんが声をかける。
旦那さんには聞こえていない。
・・・・・・
何回目かに奥さんが大声で呼ぶ。
旦那さんはびっくりして、ようやく気付く。

 
音楽を聴きながら本を読むといっても音楽は聴いていない。
音を気にせずに本を読んでいるだけである。
文字に意識を向けているとき、聴覚は危機に備えているのみ。

しかし、音楽を聴きながら本を読んでいると不意に音楽が聴こえてくる瞬間がある。単なる音としてではなくきちんと音楽として。
それは集中力の切れ目にやってくる。


『アキハバラ@DEEP』を読んでいるときに
『FLAME VIEN』をリピートで聴いていた。
音楽として聴こえてきたのは、 必ず4曲目の
「リトルブレイバー」だった。


  『アキハバラ@DEEP』 石田依良
    ITベンチャーを立ち上げた才能ある若きオタクたちが
    IT業界を席捲する大企業のオタク社長に戦いを挑むお話

  『リトルブレイバー』 BUMP OF CHIKEN
     『FLAME VIEN』(7曲収録)の4曲目
    時には勇者にでもなれるんだ(歌詞一部)


本を読んでいる途中で聴こえてくるのが必ず同じ曲であるのは何故か?
 
この本と音楽は内容的にマッチしている部分が大いにある。
しかし、それが理由ではない。
読書に限らずだが、人の集中力には限界(時間制限)がある。
その集中力の切れ目に音楽が流れ込んできた。
「リトルブレイバー」がかかったときに意識が音楽の方に流れたのではなく、
音楽の方に意識が流れたときにかかっていたのが「リトルブレイバー」。

音楽の再生周期と集中力の切れ目の周期の一致。

本と音楽を本当の意味で同時に楽しむことは無理…
(少なくとも今の自分には)


これは「文字(テキスト)」の特殊性によるものだと考えられる。
映像や音は自然のもので、たとえ人間でなくても同時にとらえることが可能。しかし、「文字(テキスト)」は人工的な情報伝達の媒体であるから、映像や音を認識するステージとは異なるステージで脳が働いて認識されているとしても不思議はない。こう仮定すると、たとえ音声と「文字(テキスト)」の組み合わせだとしても同時には認識できていないことになる。これらは、お互いが補完しあう関係にあるために、同時に聴き・読み取れているように錯覚しているだけ。

「本と音楽の接続」は言うまでもなく、映像や音に合わせたテレビの字幕やテロップも「同時性」という意味ではナンセンスか…


いま思うこと・・・
 
3D化された映像や3D化された音をが家庭でも楽しめるようになった。
それは、映像を2つの目でとらえているからこそで、音を2つの耳でとらえているからこそである。
つまり、ややズレのある2つの情報の重ね合わせ。

もし文字情報が脳の2箇所でとらえられているなら文章の3D化なんてことも可能なのだろうか。もし可能だとしても具体的にどのようなことが起こるのかはサッパリわからないが…


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